2006/12/16 土曜日

1.巣鴨 地元の人々 戦争で離散

2:36:16

 僕は東京生まれです。今、「おばあちゃんの原宿」といわれている巣鴨生まれです。
 ところで、とげぬき地蔵で有名なこの町は、最近急ににぎやかになったのではありません。僕が生まれるずっと昔からにぎやかな町だといわれています。それはとげぬき地蔵のある巣鴨の高岩寺の縁日が毎月「四」の付く日、四日、十四日、二十四日と月に三日もあることから、この町が栄えてきたのです。月三日もある縁日を考え出した高岩寺さんの計らいだと思うのですが、とげぬき地蔵商店街を中心に巣鴨の町が発展してきたのは間違いないと思います。縁日が多ければ多いほど参拝客が集い、町はにぎわい、景気も良くなる。まったく巣鴨の町のご先祖様は賢い方だと思います。
 さて、僕が小学生に上がる前の子供のころ、縁日のメーンストリート「とげぬき地蔵商店街」に店を構え、現在残っている商店が何軒あるでしょうか。あれだけある店の中で数軒しかないと思います。
 僕はとげぬき地蔵のある巣鴨二丁目と山手線の巣鴨駅を挟んだ反対側の一丁目で生まれました。米軍の爆撃が激しくなった一九四四(昭和十九)年に巣鴨から田舎へ疎開をして、敗戦後しばらくして五一(昭和二十六)年に生まれ故郷の巣鴨に小さなアパートを見つけ、母と二人で戻って来ましたが、一丁目に住んでいた知り合いの人たちはほとんどいらっしゃいませんでした。
 とげぬき地蔵商店街の人たちもあの戦争で散り散りに巣鴨を去ってどこかへ行って、この町には帰って来ていません。四一(昭和十六)年十二月八日に始まり、四五(昭和二十)年八月十五日に終わった四年間の戦争が東京の巣鴨の町でも、商店も、僕の生まれたひっそりとそれまでも楽しく暮らしていた家庭も失わせてしまったのです。戦争は恐ろしいものです。敗戦後新しくとげぬき地蔵商店街をつくられた人々の暮らしをもう二度と破壊することのない時代を続けていきたいものです。

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