2006/12/26 火曜日

10.御茶ノ水 ご馳走になった焼き餃子

20:58:08

僕の東京で好きな街に駿河台の御茶ノ水、神保町、水道橋辺りがある。新劇青年のころ、神保町の古本屋街を歩いて演劇関係の本を買うこともあったが、ベレー帽をかぶって、この辺りを歩いていると利口そうな青年に思われるのも嬉しかった。
チェーホフやシェークスピア、モリエールの戯曲や、スタニスラフスキーの俳優修業の文庫本はこの街で買った。御茶ノ水の聖橋そばのニコライ堂から歩き始めて大通りを渡り、文化学院やアテネフランセや三楽病院のある水道橋へ向かう道は、木の陰を歩くロマンチックな道だ。もう東京にはこういう道がほとんどなくなってしまった。
神保町の表通りの裏に「すずらん通り」と「さくら通り」がある。古本屋街の裏のこの通りに、中華街の名店「揚子江」がある。冷やし中華はこの店が最初に作ったと聞く。さくら通りに「餃子のおけい」という僕にとって忘れられない店がある。
この店をつくったママのおけいさんは戦後満州(中国東北部)から引き揚げてきてこの横町に餃子の店を始めた。おそらく満州時代には裕福な暮らしをして、中国人の人たちが働いていたのだろう。もともと中国では餃子は蒸したりゆでたりしたものしかなかい。その余ったのを、中国人の働いている人たちが次の日に、もったいないので焼いて食べていたのを思い出して、おけいさんが、日本で最初に焼き餃子を売り出したのだ。
「おけい」は古本屋街の裏ということもあって、著名な人たちがよく食べにきていた。小説家の檀一雄さんや、安藤鶴夫さんが見えていた。僕の自慢は「おけい」で「君は新劇の俳優の卵なんですか。頑張りなさいよ」と餃子をご馳走になったのと、ママのおけいさんに、随分お世話になったことです。
今は「おけい」は神保町ではなく、息子さん夫婦が飯田橋の警察病院のそばで店を構えている。僕は「おけい」の餃子とジャージャー麺を生涯食べるつもりだ。

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